移民的日々@英国

やさしく・おだやかでありたいと思いつつ・・・の四方山を綴っています

我家ではホメオパシーレメディやクリームのお世話になっている。
特に子供に使ってみて、植物のもつ力のすごさに驚かされる。

かつては、何にでも「クリーム塗っておけば」という夫に、冷たい視線を
浴びせていた私も今ではすっかりクリーム信奉者。
というか植物の力に脱帽です。

そもそも私自身の過去の体験で、クリームと言うのは何もすることが
ない時に気休め的に使うものだと思っていたのだけれど、大間違い。
私は残念ながら、正しいクリームを使っていなかっただけでした。

つい最近、息子が頬の真中に蜂に刺されるというアクシデント発生。
急いで針を取りさったけれど、みるみるうちに赤く腫れていく頬。
このままだと痛くて可哀想なことになる、と何ができるか考える。
そしてアルニカのクリームにラヴェンダーのエッセンシャルオイルを混ぜて
息子の頬へ塗りこんで見たところ、文字通り“みるみる”赤味が消えていき
翌朝はすっかり炎症が治まってしまっていました。

昨夜は私自身へこのアルニカ+ラヴェンダーを。
数日前に突然膝裏の所がプクッと赤くなり、猛烈な痒みに負けて安易に
掻いていたら、なんとふくらはぎの方まで大きく拡がって赤く固く腫れて
しまっていたのです。
そして今朝、内心楽しみにしながらそこをチェックすると、見事に赤味は
消えていました。素晴らしい。

擦り傷・切り傷・打ち身等、小さな子供にはつき物のアクシデントにも
それに対応した植物クリームを塗ると、塗らなかった時よりはるかに
綺麗に治っていきます。

植物のまっすぐに生きている様は、こんな素敵なエネルギーに満ち満ちて
いるからなのでしょう。


ほったらかしになっているブログですが、決してただ忘れ去っていた訳ではなく
色々と考えてみました。
少々デジタルの世界が苦手になってきていたこともあり、いっそのことブログも
なにも全部やめてしまおうかとも考えたのですが。
ふと思い直すところあり、とりあえず整理縮小(笑)して再開してみることにしました。

そこで別にしていた子育てものの方もこちらに書くことにし、一応タイトルもちょっと
変えてみました。
そもそも一番最初はこういう形だったのを、子育て編を分けたくなって別にした
んですから、何やってんだか・・・ってことになりますが。
ただでさえ亀の歩みの更新を何も二分することもなかろう、という実際的な気持ち
もこもってます。

という訳で、改めましてどうぞ宜しくお願いします。

1,2,3,4・・・・ 数を数える時の指はどのように折りますか?

夫に数を聞かれ、でもようやく寝付いたばかりの息子がそばにいて
大きな声が出せなかった時、左手の指は5本とも広げ、右手の指は
人差し指・中指・薬指の3本を広げて「8」と答えました。

ちょっととまどったような表情でじっと見つめてから、「ああ、8ね」と
言いつつ夫は私の指を訂正します。右手の3本は親指・人差し指・
中指・薬指だと。

そうなんですよ。
彼らは数を指折って数える時、まず拳固を握って「1」と親指を突き出す
のです。そもそも拳固から始まるので、“指折る”ではなく“指立てる”で、
さらに10本の指を全部使った後、はまた拳固から始まるのです。
日本人からみたら、本当に不思議なやり方です。

子供には是非とも日本式を身に付けて欲しいと、単なる私の思い入れで
願っていたのですが、ふと気が付いた時にはやっぱり親指から「1」って。
あ〜あ、です。

それからもう一つ、「え、いつの間に・・・」と思うことを、幼児の下の子
まで身に付けていたのに、最近驚かされました。

自分のことを指す場合、日本人は一般的に顔というか鼻頭を指で指すと
思うのですが、西洋人の多くは胸を指すんですね。
そして彼等にとって鼻を指すのは、私にとって拳固から始まる数え方が
とても違和感を覚えるのと同様に、非常に奇妙な見振りに思えるらしい
のです。
私自身、気付いてみると最近は鼻よりも胸を指すことの方が多くなって
いるので、特別子供に日本式を、という気持ちはないのですが。

下の子の胸を指して「これは誰?」と聞き、次は私を指して「これは?」
その次は夫を指し、上の息子を指し、と順番に訊ねるのを繰り返して
いた時のこと。
それぞれの名前を答えていく息子に、ふと彼の鼻を指して「これは?」
と聞いたら、すかさず「ナーゼ(ドイツ語で鼻)」と返って来ました。
まだ2歳にならない彼にとってすら、自分のことを指す場所は胸で
あって鼻ではない訳です。

文化が入り混じって育つというのは、単に姿形や言葉だけのことではなく、
毎日暮らしていくことの一つ一つが、こちら流・あちら流と混ざり合って
いき、パズルのピースがはまっていくように本人を作り上げていくんだなぁ
と思いました。
渡英してもう大分長くなり、一年の種々行事も日本のものを敢えて
頑張って取り入れることもあまりありません。

海外にいても、ちゃんと日本の季節の行事を忘れずにとり行って
いる人も沢山いるのに感心し、易きに流れやすい私はいつも少々
後ろめたい気持ちになります。

そんな私も、子供達もそろそろものがわかるようになってきたところ
だし、今年はきちんとキリをつけるためにも節分の豆まきをしてみました。

本当は大豆だけれど、買い置きしてあったひよこ豆を使って‘炒り
ひよこ豆’を作り、息子達に諸々含めおいて豆を握らせました。

上の息子は何故豆なんだ?鬼って何だ?福ってなんだ?と次々に
質問をくりだしましたが、いずれにしても幼い弟共々
“庭に向かって豆まくのって、楽しい!”
という所に気持ちは集約された様子で、二人とも留めなければ全ての
豆をまき散らかさんばかりでした。

節分を機にエネルギーは変換すると聞きます。
こちら風のまま、新年も何もない感じで年越しをしたこともあり、
改めてこの節分で気持ちが新しくなったようにも感じました。
豆まきとは縁の無い英国でも、春の訪れの象徴とされる水仙の
芽が出てきだしているのを一昨日見つけました。
そろりそろりと、春を迎えるような始まりの気配に包まれている
のかもしれません。

最近本当に自分の中から日本語が失われつつあるのを感じる。
きっと日本にいて生活していても、加齢によって少しずつ
言葉が出てこないことがあったり、漢字を忘れたりするの
だろうと思うけれど、今の私に起こっていることは勿論
そんなものの比ではない。

毎日英語ばかりだから日本語が消えていくんでしょう、って
いうのは全く私の場合は当てはまらない。
何しろ子供達とは、日本語担当の私は日本語のみで会話するし、
一日に言葉を交わす全体量に対してこの子供達との日本語会話が
一番長い時間を占めているのだから。

逆に言えばこの現状を反映して、英語についてもどんどん
頭から抜け落ちていっている。哀しいことに。
そもそもが、へへへん、程度の英語力が低下していくのだから
もう情けないことこの上ない。

特に日本語については、書き言葉が出てこなくなった。
別にこの長い間の不更新を言い分けする訳ではなく、文章に
しようとすると言葉の使い方が何となく微妙にずれてしまう
ことが良く起こってしまうのだ。いやはや。

そんなことで、ちょっと危機感でもあり、これからまた
なるべくできる範囲でここも更新していこうと思っている。
どれだけ老化防止に役立つのかはわからないが、やらないよりは
少しでも、と思って。


波

  • Author:波
  • 大ブリテン島の片隅にて、
    日々思うあれやこれや。

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