ムーランって知っているでしょうか?
moulinと書いてそもそもはフランス語なのですが、漉し器の一種。
日々の食事の蛋白源として、豆を以前にも増して取るようにして
いるけれど、ここに一つ問題が。
我家には離乳食中の子供がいて、この豆が結構くせものとなって
しまう。そう、それは皮。変なことだけれど、柔らかく煮た豆は
OKでも、周りの皮は食べられない。奥歯が無いから仕方ないけれど。
かと言って蛋白源としてやっぱり食べて欲しいし・・・。
で、ふと思い出したのが、このムーラン。
我家にはムーランが大・小2種揃ってるけれど、実は全く使って
いなかった。すっかり子供のおもちゃになっている。
そもそもじゃあ何故買ったかと言うと、そう離乳食の為。
夫が自分の育った文化からひっぱり出してきた意見で、「離乳食には
これが必需品」としてはるか昔に購入した。
意気込んで大サイズを買ってきたので、いくらなんでも離乳食の為に
そんなサイズを使うのは、と後から小を追加。それで2種揃っている。
上の子の時にはこのムーラン、一応それなりに使った。
でも結局日本式にすったり、おろしたりを多用したので、やっぱり
出番は少なかった。確かにバナナのピューレはとても上手にでき
たけれど、バナナってフォークでつぶしてもかなりピューレ状になるし。
下の子の時には、結局一度も使わず終い。
丁度ゆでたひよこ豆を使いたかったのもあり、でも皮をどうする、と
思った時に、ムーランを使ってみようと思いついた。
実を言うと、我家はあまり現代的な(?)キッチンツールを持っていず
ジューサーもミキサーも無い。これがそもそも“豆の皮”問題につなが
っているんだけれど、ここにも一応理屈がある。
夫曰く「あまりに細かい粒に砕く電気機器で食品を扱うと、食品が
早く酸化するし栄養価もそがれる」と。
だからこその“とりわけ離乳食にはムーラン”だった訳だ。
いやあ何で今まで思いつかなかったのか。
確かにミキサーやフードプロセッサーと同じようには行かないかもしれない
けれど、なんのなんの充分用を足す。基本は漉し器だけれど、裏漉しの
ように労力は使わず、大きな取っ手をぐるんぐるんとまわせば良い。
すると押されたものが底の穴を通って出てくるという寸法。
はい、無事ひよこ豆のピューレを使ったスープが食卓に並びました。
キッチンツールとしては少々レトロだし、洗うといっては3つのパーツに
わけてそれぞれ結構嵩があるし、面倒な部分がないとは言えない。
けれど、電力を使わない、刃で切らない、スローな調理器具だと思うと
なかなかの使い出のような気がする。
ずっと子供のおもちゃにしか扱われていなかったムーラン、ようやく綺麗に
洗われて、今後野菜料理の道具として活用できそうである。
※ちなみにムーラン、こんなようなものです。日本でも手に入るんですねぇ。でも、た、高い・・・。
ドイツなどに比べると、まだまだ数の少ないオーガニップショップ。
それでもオーガニック食品事情としては、はるかに日本よりは良いかも
しれない。どこのスーパーでもオーガニック食品は置いてあるし、
街にもオーガニックショップはある。またオーガニックの宅配もそれなりに
色々と選択肢がある。
私の住んでいるような田舎街では、近隣の大きめの街に一つずつ程度の
オーガニックショップしかないが、そんなお店をいくつか回って食料を
調達する。どこのオーガニックショップに行っても、棚の一部分は日本の
食材達が占めている。醤油・味噌・みりん・わかめ・ひじき・あらめ・
梅肉・・・等々。必ずしも全てがオーガニック製品ではない場合もあるが、
こちらでしか見かけないメーカーのオーガニック日本製品が沢山並んで
いる。
それでもオーガニック食品事情としては、はるかに日本よりは良いかも
しれない。どこのスーパーでもオーガニック食品は置いてあるし、
街にもオーガニックショップはある。またオーガニックの宅配もそれなりに
色々と選択肢がある。
私の住んでいるような田舎街では、近隣の大きめの街に一つずつ程度の
オーガニックショップしかないが、そんなお店をいくつか回って食料を
調達する。どこのオーガニックショップに行っても、棚の一部分は日本の
食材達が占めている。醤油・味噌・みりん・わかめ・ひじき・あらめ・
梅肉・・・等々。必ずしも全てがオーガニック製品ではない場合もあるが、
こちらでしか見かけないメーカーのオーガニック日本製品が沢山並んで
いる。
2年前位から、家庭内消費分のお菓子を手作りしてきた。
ここ英国でしかも田舎に住んでいたら、おいしいお菓子には
そうそうありつけない。しかも売られているものには
色々な添加物も含まれていることがほどんどだし。
という訳で、始めたら“そう言えば昔良くお菓子って作った
んだった”という記憶がよみがえり、案外楽しくなった。
何より手先が不器用でクラフト関係は一切ダメ!な私には、
お菓子作りって、あくまで家庭内消費用であれば、ちゃんと
形になる達成感を味わえるものの一つなのでつい夢中になって
しまう。
ここ英国でしかも田舎に住んでいたら、おいしいお菓子には
そうそうありつけない。しかも売られているものには
色々な添加物も含まれていることがほどんどだし。
という訳で、始めたら“そう言えば昔良くお菓子って作った
んだった”という記憶がよみがえり、案外楽しくなった。
何より手先が不器用でクラフト関係は一切ダメ!な私には、
お菓子作りって、あくまで家庭内消費用であれば、ちゃんと
形になる達成感を味わえるものの一つなのでつい夢中になって
しまう。
普段使っている野菜はボックスで宅配してくれるものだけれども、冬はいかんせん内容が限られる。日本より寒い気候のせいなのか、単にヨーロッパ人が色々な野菜にトライしないからなのか、理由はわからない。
冬中我家の冷蔵庫には、カリフラワー・ブロッコリー・キャベツ・リーク・パースニップスが入っていた。後は保存の利くスクォッシュがごろんごろん。リークとはポロねぎと言った方がわかりやすいと思うが、要するにねぎ。なかなかメインにはなりにくい。パースニップスは“白人参”といった姿形で、味はいも類に近い。あいにく私はあまりこの野菜の活用方を知らないので、食卓に登場する時はいつも似たようなものになってしまうし、そんな訳でドーンとメインにはやっぱりならない。
結果、本当に毎日カリフラワー・ブロッコリー・キャベツを食べ続けることになった。毎日毎日。
頑張って色々な形に料理したつもりだし、なるべく他の野菜とどうにか組み合わせるようにしたけれど、食べるだけの家族にとっては“あ、また今日もこの野菜が・・”の思いが拭えなかったらしい。(今日発覚!)
そこへ久々の野菜が配達された。それはスイスシャード。白い茎に緑の大きめの葉(色違いもあります)。本来は夏場頃が旬の葉だけれど、今は通年取れるようになっているので、時折こうして野菜の種類を埋めてくれるらしい。
この野菜、実は英国で新しく出会った野菜の中で一番お気に入りと言っても良いくらい好きなもの。何しろここでは“調理する緑の野菜”が本当に限られる。ほうれん草くらいか。日本だったら本当に沢山の緑の野菜があると思うのだけれど。
スイスシャードは味の主張は強くないけれど、料理するとしっかりと輪郭のある味を残す。しかも和の調味料やお米との相性がとても良い。はるかに大人しめの味ではあるけれど、高菜や芥子菜のような感覚で使えるのでとても重宝するし、突然料理と味のバリエーションが広がる。貴重な野菜だ。
それにしても、一体冬の間他の人々はどんな野菜を食べているのだろう。
みんなキャベツ系の野菜だけで我慢しているのかしら・・・。
冬中我家の冷蔵庫には、カリフラワー・ブロッコリー・キャベツ・リーク・パースニップスが入っていた。後は保存の利くスクォッシュがごろんごろん。リークとはポロねぎと言った方がわかりやすいと思うが、要するにねぎ。なかなかメインにはなりにくい。パースニップスは“白人参”といった姿形で、味はいも類に近い。あいにく私はあまりこの野菜の活用方を知らないので、食卓に登場する時はいつも似たようなものになってしまうし、そんな訳でドーンとメインにはやっぱりならない。
結果、本当に毎日カリフラワー・ブロッコリー・キャベツを食べ続けることになった。毎日毎日。
頑張って色々な形に料理したつもりだし、なるべく他の野菜とどうにか組み合わせるようにしたけれど、食べるだけの家族にとっては“あ、また今日もこの野菜が・・”の思いが拭えなかったらしい。(今日発覚!)
そこへ久々の野菜が配達された。それはスイスシャード。白い茎に緑の大きめの葉(色違いもあります)。本来は夏場頃が旬の葉だけれど、今は通年取れるようになっているので、時折こうして野菜の種類を埋めてくれるらしい。
この野菜、実は英国で新しく出会った野菜の中で一番お気に入りと言っても良いくらい好きなもの。何しろここでは“調理する緑の野菜”が本当に限られる。ほうれん草くらいか。日本だったら本当に沢山の緑の野菜があると思うのだけれど。
スイスシャードは味の主張は強くないけれど、料理するとしっかりと輪郭のある味を残す。しかも和の調味料やお米との相性がとても良い。はるかに大人しめの味ではあるけれど、高菜や芥子菜のような感覚で使えるのでとても重宝するし、突然料理と味のバリエーションが広がる。貴重な野菜だ。
それにしても、一体冬の間他の人々はどんな野菜を食べているのだろう。
みんなキャベツ系の野菜だけで我慢しているのかしら・・・。
元々お肉類はあまり食べるほうではなかったが、病気になって以来菜食を心がけている。家族の中に西洋人がいるし(ただし夫も元々あまりお肉は食べない)、何故かわからないけど時折食べる肉類に目を輝かせる息子もいるので(たまだから嬉しいのか・・)、完全な菜食までにはならないのだが。
“なんちゃってマクロビオティック”にゆるやか〜にゆるやか〜に移行中といったところだ。
以前から“私の料理=ひたすら野菜を切る時間”だと思っていた位、野菜を食べてきた。が、出来上がりの料理にお肉が入っていると、そのお肉をどう料理するかは常に頭になければならず、内容は80%以上野菜でも野菜料理という感覚にはならなかった。
ところが野菜・穀物オンリーの料理をするようになってから、このひたすら野菜を切っている時間が、何だか変わったように感じる。楽しいのだ。
以前の“野菜切ってるばっかり”は、結構面倒くさい感が含まれていたのだけれど、今は何故か心が軽い。野菜を料理するという意識で向き合うと、気持ちも変わるのかもしれない。
かりにもマクロビオティックを手本にしているので、不慣れなうちは色々と手間もかかる。その上下の息子はだんだんと動き回るようになり、料理している間なんてキッチン中の扉を開けては中身を全部床に転がし、さらにガラスものに手をのばさんとしている。上の息子はやたらハイパーに叫びながら遊びまわり、そこら中のものを組んだり積み上げたりしながら本人にしかわからない想像上の道具をつくり、私の冷蔵庫や他のワークトップへのアクセスを阻む。
我ながら良くこんな環境で料理しているなぁと思うけれど、それでもこの野菜・穀類と向き合っている時間が嫌なものにはならないのだ。
動物性のものを採らなくなると、穏やかになるという。もしかして料理として向き合っている間にも、野菜から受け取るエネルギーのようなものがあるのかもしれない。野菜の料理、結構気に入っている。
“なんちゃってマクロビオティック”にゆるやか〜にゆるやか〜に移行中といったところだ。
以前から“私の料理=ひたすら野菜を切る時間”だと思っていた位、野菜を食べてきた。が、出来上がりの料理にお肉が入っていると、そのお肉をどう料理するかは常に頭になければならず、内容は80%以上野菜でも野菜料理という感覚にはならなかった。
ところが野菜・穀物オンリーの料理をするようになってから、このひたすら野菜を切っている時間が、何だか変わったように感じる。楽しいのだ。
以前の“野菜切ってるばっかり”は、結構面倒くさい感が含まれていたのだけれど、今は何故か心が軽い。野菜を料理するという意識で向き合うと、気持ちも変わるのかもしれない。
かりにもマクロビオティックを手本にしているので、不慣れなうちは色々と手間もかかる。その上下の息子はだんだんと動き回るようになり、料理している間なんてキッチン中の扉を開けては中身を全部床に転がし、さらにガラスものに手をのばさんとしている。上の息子はやたらハイパーに叫びながら遊びまわり、そこら中のものを組んだり積み上げたりしながら本人にしかわからない想像上の道具をつくり、私の冷蔵庫や他のワークトップへのアクセスを阻む。
我ながら良くこんな環境で料理しているなぁと思うけれど、それでもこの野菜・穀類と向き合っている時間が嫌なものにはならないのだ。
動物性のものを採らなくなると、穏やかになるという。もしかして料理として向き合っている間にも、野菜から受け取るエネルギーのようなものがあるのかもしれない。野菜の料理、結構気に入っている。







