移民的日々@英国

やさしく・おだやかでありたいと思いつつ・・・の四方山を綴っています



タイトルの高過ぎる、一体何がかというと
ガソリンです。

この国はとにかく何でも高いので、まあ
ガソリンに限ったことではないのですが・・。

先日ついに大台(=100p=約240)を超えた
ガソリンスタンドを目にして以来、そこかしこで
似たような高値が表示されているのを見ます。

なんと数日前には107.99pって・・・。
約260/lという値だったら、日本では誰も買わない
のでは?
都心でバスや電車が充分に走っているなら良いけれど、
こんな田舎では車に乗らない訳にはいかず。
当然毎回安いガソリンスタンドを探して、遠回り
しています。

ここしばらくの異常なまでの高さは、世界の情勢を
反映しているもののようですが、仮にそういう
特殊要因がなくなっても、やっぱりこの国のガソリンは
とんでもなく高い。

少しでも車に乗らない生活というのは、環境の為にも
推進されるべきで、ガソリン高をきっかけにという
考えもあるけれど、それにはあまりにもインフラが未整備。
ロンドン以外の町では、基本的に車=足でしょう。

ガソリンがせめて80p/l位に落ち着き、せめて£1=180位に
なってくれると、とても嬉しいのですが・・。
きっと夢の夢でしょう。


今日で夏時間が終わり、時計の針が1時間戻されました。

ここしばらく、日の出もすっかり遅くなり、どう考えても
夏時間は無理があるのでは?と思っていた所なので、
ようやく落ち着く形になった気分です。

夏時間が終わったということは、すなわち暗くて長い冬が
始まるということ。
もっともカレンダー上の夏が終わった時に、バサッと
音をたてて頁をめくるかのように、一気に冬に向かうここ
英国。あ、葉が色づいた、と気付いたすぐ後にすぐさま
落ち葉の絨毯となり、朝薄暗がりの中でひんやりとした
冷たく湿った空気が感じられるように。
紅葉を楽しむも何もありません。梅雨が無い分バーターだ、
と言い聞かせつつ、日本の秋の幻影を頭の中から追いやります。

とにかく。
正真正銘、冬が始まっていく中、人は皆一斉にクリスマスに
向かって突進していく訳です。
色々な思いも懐にぐいっと押し込めて、やっぱり変わらず
今年もクリスマス準備にいそしむ。毎年クリスマスショッピング
への批判があがりますが、ヨーロッパの冬の暗く長いことを思えば、
いたしかたない、先人の知恵だ、と納得せざるを得ません。

夫がヨーロッパ人ではあるものの、この手のクリスマス狂騒に
とんと縁の無い我家。周りに親戚がいる訳でもないし。
長くて暗い冬を乗り越えるために、ここは一つ、年末年始の
日本式行事をやってみよようか、と思うこともあるけれど、
結局私一人が大変で、それほど皆の心に染み込むとも思えず
あきらめます。

せめてできるなら、晴れの日が少しでも多い冬でありますように、
と思わず祈ってしまいます。


息子達が使うのでストローを買い置きしているが、
丁度なくなってしまったので買い物リストに。

いつも行くスーパーは本当にもの申したいことが
山ほどあるけれど、商品の陳列場所が頻繁に変更に
なるのもその一つ。

久しぶりに買うストロー。当然どこにあるかわからない。
前回買った時もやっぱり場所がわからず、探しに
探した挙句店員に聞いた。

その時、私がいく通りかに発音のヴァリエーションを
試みても(ってこと自体が変だけど)、哀しいかな
一切聞き取ってもらえなかったstraw。

この記憶が鮮明な私は、今回初めから頭にくっきりと
綴りを思い浮かべ、可能な限り発音記号に忠実に、との思いで
聞いてみた。「strawのある場所はどこかしら?」と。

はは、やっぱりわかってもらえなかった。
2回繰り返したけど、もうこうなることはわかっていた
ので何となく失笑してしまい、即座に綴りを添えてみた。

「ああ、飲み物を飲むstrawね。」

うう〜ん、相手の言っているのを聞いても自分の発音の
どこがそんなに聞き取ってもらえないのかわからない。
ここまで通じないって、他の言葉では経験したことがない
のになぁ。

発音が苦手な単語のトップは、間違いなくこのstrawだわ。




今週から始まった放射線療法の治療のための病院通い。
ようやく一週間が終わった。
毎朝幼児を引き連れて出かける、まるで出勤のような
ことができるかとちょっと不安があったけれど、
やってみたら思ったよりは大丈夫だった。
新入社員の初めの一週間に比べれば、ずっとましかな。

ただ一つ、毎朝病院に着いてから一苦労がある。
それは駐車。私の技術の問題はあるけれどそれはさておき、
とにかく絶対的に駐車場が足りない。いつだって満杯。
ぐるぐるぐるぐる、敷地内をさまよって、結局どこにも
スペースを見つけられない。治療の予約時間があるので、
ゆっくり空くまで待つか、という訳にもいかないし。

駐車スペースの一列ごとに、両端の所は半楕円形の芝が
植えられた場所になっている。が、当然のようにここにも
車は停められている。カーヴに沿った縁石にも、タイヤを
乗り上げつつ駐車。ありとあらやる、本来なら“駐車禁止”
の場所に、停められるなら停めましょうということで、
車が停められている。
それにならって、私も。この一週間毎日停め続けたのは、
本当は道路を渡る前に歩行者が一旦停止するための
島の部分。たまたまここは島になっているけれども、
上に書いた駐車列端の芝植えスペースと元々は同じもの。
丁度反対側から一台駐車しているのを見て、では私も、と
こちら側から停めてみた。実質的には何の邪魔になる場所
でもないし、入口にも近いし。

でもねぇ、どうしてこんなに病院内の駐車スペースが不足
するのか。しかも比較的朝の早い時間から。(皆が来るので
かえって午前中の早い時間が混んでいるのかもしれないけれど)
そう不思議に思っていた2日目。駐車スペースにビルダーが。
ああ、そうか。病院なんてところは頻繁に工事が入っている。
この病院もしかり。増築しているようで、大きな工事車輌が
何台も行き来している。その工事に関わる人たちが皆車で来て、
患者と同じスペースに駐車する。その他病院に出入りしている
業者の人々もしかり。
こういう地方都市の病院なんて、90%以上の人が車でやってくる。
患者・病院勤務者・出入り業者・工事関係者。

治療後出口に向かっていた時、私の車の前に駐車スペースを
見つけられなくて外に出ようとしている車がいた。
そして病院沿いの通りに路上駐車。
そうなんだよねぇ。この通りはいっつも両側に路駐で、その上
車は沢山行き来するので、運転するのが大変。
実際治療初日、私はうっかり左前を少しこすってしまった(涙)。
こうして駐車場からあぶれてしまった人が、仕方なく路駐する
んだよね。

ショッピングセンターとかならいざ知らず、病院なんだから
せめて駐車場位十分にあって欲しい、と思うけど、きっと
“病院だから”足りないんだろうなあ。公共事業だからね。
じゃあ車を使わなければ良いけれど、うちのような田舎では
車以外にそこにたどり着く方法が無いのだし。
これから数週間続く病院通い中、島の片側を、マイスペース
として確保しなくては。
(実はこの場所、停めるには簡単なのでちょっと嬉しい。)



治療はまだ全部は終わっていませんが、化学療法という
“薬と言う名の強力な毒を体に入れて癌細胞を殺す”治療を
経験してみて、痛切に感じたこと。
それは、今すぐにでも一人一人がこの地球に有害なものを
投じるのを止めなくては、ということ。
どんな方法でも、どんなに微力でも、やらなくてはならない。

話が突然飛躍しているように思うかもしれないけれど、
そうではありません。
生き物としての自分の体に、化合物となった毒を入れることが
どんなに恐ろしいことか。そこから引き起こされる、副作用と
言う名の諸症状は、例えば自然に出てきた熱とは明らかに異なる
ものでした。それは体がよ〜くわかります。不自然な容赦ない
不快さ、苦しさ。

自分が苦しかった時、同じ苦しみを感じているだろう地球の痛みを
まじまじと感じました。不思議かもしれないけれど、感応した
のだと思います。同じ種類の苦しみを、自分の体内に持つものとして。
人は直接自分が感じないという理由だけで、気付かないでいる訳には
いきません。さもなくば、いつかこの地球が壊れてしまうのはあまり
にも明らかです。



波

  • Author:波
  • 大ブリテン島の片隅にて、
    日々思うあれやこれや。

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